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看護師転職ごっこ

転職を繰り返した看護師の私が毎日元気になれるよう、仕事、人生にふらふらしたときに気ままに書いています。

医師、看護師の自殺はの実態はブラックボックス化

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過酷といわれる医師や看護師の業務は、人手不足、夜勤や交代勤務のある職場解消がないかぎり過労死レベルから抜けることはできそうにない。

 医師自殺率3倍 看護師3万人過労死レベル

過酷といわれる医師や看護師の業務だが、日本では、職種別の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)などのデータは存在せず、過労死に関する情報も限られている。

 自殺率や過労死リスクについて民間での研究が進んでいるアメリカなどと比べ、実態はブラックボックス化している。警察庁が毎年公表する「自殺の概要資料」の職業別データを見ても、医師や看護師は「医療・保健従事者」などに含まれており、これだけでは、医師や看護師に特化した傾向はわからない。

 ただ、この資料には、2006年中の統計まで、職業別データに「医者」の項目が単独で設けられていた。これによると同年中に自殺した医師は90人。厚生労働省の統計では、同年の全国の届出医師数は27万7927人だった。これらを基に推計すると、医師の自殺率は32.4人となり、同年の日本人全体の自殺率二五・二人に比べて3倍ほど高かったことが、かろうじてうかがえる。

 一方で医師による労働組合・全国医師ユニオン(東京)が2009年、全国の基幹病院を対象に「三六(さぶろく)協定」の実態を実施したところ、15%が過労死ラインの月80時間を超える残業を認めていることがわかった。36協定とは、週40時間以上の残業を行なわせる場合に労使間で結ぶことが義務付けられた協定のこと。

 また、全国の医療機関で構成される社団法人日本病院会が2006年、勤務医を対象にした意識調査を実施したところ、「当直の翌日も通常勤務」と回答したのは88.7%に上り、長時間連続勤務の実態が裏付けられた。

看護師の労働実態はさらに酷

看護師の労働実態についても、長年、その過酷さを裏付ける客観的なデータは少なかったが、社団法人日本看護協会(本部。東京)は村上さんと高橋さんの過労死を受け、初めて看護師の残業実態などに関する調査に乗り出した。その結果、全国の病院で夜勤や交代勤務に従事する看護師のうち約2万人が、村上さんの裁判で労災と認められた基準「毎月60時間」を超える残業をこなす「過労死危険レベル」にあることがわかった。

1年前に比べた仕事量

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出典:日本医療労働組合連合会

「慢性疲労」74%、「健康に不安」60%、切迫流産は3人に1 人

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出典:日本医療労働組合連合会

また、医療従事者でつくる日本医療労働組合連合会(医労連、本部。東京)が2009年に実施したアンケートでは、「慢性疲労」を訴える看護職員は全体の73.5%に上ることもわかった。

 過労死や自殺と隣り合わせともいえる医師や看護師の職場。冒頭で紹介した看護師のカズヤさんと医師のミツルさんがかろうじて「生還」できたのは、紙一重の幸運な偶然だったにすぎない。

 今、二人は医療の現場を離れることなく、新たな道を模索している。一時は服薬自殺を図ったカズヤさんだが、がん専門病院を退職してからの回復は早かった。数ヵ月後には診療所の看護師として復帰。2009年には同じく看護師の妻とともに、念願だった訪間看護ステーションを設立した。

多忙ぶりは病棟勤務時代と変わらないが、今は、患者一人ひとりとかかわっているとの実感があるという。最近、退職して以来初めて、仕事の打ち合わせのため、かつての職場だったがん専門病院に足を運んだ。当時の上司とも言葉を交わしたという。

 カズヤさんは「複雑な思いはあります。でも、元気でやっている姿を見せることができたのはうれしかった」と笑顔を見せた。ミツルさんはカテーテル手術の技術を身につけるため、2010年春、同じ大学病院の循環器内科へ移った。ただ、都内の喫茶店で会ったときに渡された名刺には「○○大学附属病院循環器外科」と古い肩書きが記されたままだった。

 そのことを尋ねると「古い名刺を捨て切れなくて。外科医は憧れでしたから。正直、未練がないとまでは、まだ言えないんです」と言った。一方で、最近は以前なら当たり前に使っていた「手術が楽しかった」「この症例はおもしろい」「一人前になるにはあと手術○件」などの言い方をしなくなった。

 「死にかけたおかげで、患者の気持ちを想像するようになったからでしょうか。(外科医を辞めたのは)結局は、自分の人生にとって何が幸せなのか、それを考えての結論でした」という。「妻に夕飯の時間までに帰ると言ってあるので」。最後にそう言って席をたった。

睡眠剤や安定剤常用で乗り切る日々

驚いたことのひとつは、少なくない看護師が睡眠薬などの薬剤を常用することで、夜勤。交代勤務を乗り切っていることだった。医労連のアンケートでは、看護師が常用している薬で最も多かったのは「鎮痛剤」の29.0%。このほか「ビタミン剤」19.0%、「胃腸薬」17.6%、「睡眠剤」6.9%、「安定剤」4.3%だった。

 使用割合が増えているのは睡眠剤と安定剤で、これらは1988年の調査に比べてそれぞれ2.9ポイント、2.1ポイント増加した。「薬の常用はなし」と回答したのは40.5%だったので、残りの6割は何らかの薬を常用していることになる。

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 複数の看護師に同席してもらって話を聞いていると、取材そっちのけで睡眠導入在や鎮痛剤についての情報交換を始めることもたびたびあった。彼らの話を座談会形式で再現、薬剤頼みの危うい現状と薬剤に頼らぎるを得ない過酷な労働実態を報告する。

 

Aさん(60歳代、急性期病棟勤務) 「どんな眠剤(睡眠導入剤)、使ってるの?」

「『マイスリー』。いろいろ試したけど、次の勤務の時に眠気が残らない。これが一番」

「記憶障害って『健忘症状』のことね。眠るまでの間の記憶が飛んじゃうこと、時どきあるよ」

 

Bさん(20歳代、同) 「『リスミー』をごく少量。でも、最近耐性ができて眠れなくなって、「マイスリーが効くってよく勧められるんですが……。やっぱり副作用がヤバイみたいですね」

 

Cさん (50歳代、がん専門病院師長)「マイスリーって、記憶障害とかの副作用、ありませんか?」

「私は、抑うつ効果もあるので、もともと安定剤の『デパス』だったんですが、最近、眠剤に替えました。『アスコマーナ』です」「そうなんです。日覚めたと思ったら、寝室のじゅうたんの花柄模様が浮き上がって見えてきちゃったことがあったんですよ。気がつくと実際に起き上がって花を摘む動作をしていました。でも、途中から花を摘みながら、頭の片隅では、『ああ、これ、薬の副作用だな』ってわかりました。で、それからは、いつ幻覚を見て、転倒してもいいように、寝室にはなるべく物を置かないようにしました」

 

Dさん(四〇歳代、慢性期病棟勤務) 「私もマイスリーです。以前、医者からは『エバミール』を処方されましたが、効き目がいまひとつなので、マイスリーにしてもらいました。よく効くように、いつも空腹時に飲むんですよ。いつだったか、子どもに『お母さん、さっき、一人ですごい勢いでカニを食べてたね』って言われたことがありまして。家族で食べようと、取っておいたカニだったので、最初は真に受けなかったんですが、確認すると、確かにカニがどっそり減っている。言われてみると、眠剤を飲んだ直後に何かを食ベた気がするんだけど……。結局はっきりしたことは思い出せませんでした」

職場から消える医師、看護師

妊娠しても「和を乱してはだめ」と夜勤強制

「大変なのはあなただけじゃないのよ。みんな同じなんです。大切なのはチームワークでしょう。だから、あなたも『和』を乱さないように頑張らなきゃ。みんなの気持ち、わかってあげてちょうだい」

 朝の申し送りが終わった後のナースステーション。初産で妊娠7ヵ月に入っていたリカさん(34歳、仮名)は月10回に上る夜勤回数を減らしてもらえないか、師長に相談を持ちかけた。少量の出血や腰痛があり、医師からはできるだけ安静にするよう言われていることも伝えた。しかし、師長からは言葉巧みにかわされてしまった。

 「私が〃和″を乱してるっていうの?」「私は流産してもいいっていうの?」。そんな言葉がのど元まで出かかったが、穏やかな口調で落ち着き払った師長を前にすると、一瞬悪いのは自分なのかと思ってしまったという。気がつくと「すみませんでした。頑張ります」と言っていた。

 一人になると、悔しさとふがいなさがこみ上げ、涙がこばれた。「師長は、私の仲間に申し訳ないという気持ちに付け込んだんです。ずるいなと思いましたが、師長も人が足りないなか、やりくりしなくてはならないプレッシャーがあったんだと思います。職場全体がにっちもさっちもいかない感じでした」

 リカさんが勤めるのは東北地方にある独立行政法人・国立病院機構の医療機関。田んぼの真ん中にあり、公共交通機関はバスだけ。結核やてんかん、ALS (筋萎縮性側索硬化症)、高齢者などが長期的に入院する典型的な慢性期病院だ。

 慢性期とはいえ、医療技術の向上に伴い、救命措置を施す機会も増えた。人手が減る夜勤のときはナースコールが鳴れば走らなくてはならないし、患者の呼吸が止まれば何十分も心臓マッサージを続けなくてはならない。身重の体にとっては、かなりきつい。

 「とくに怖かったのは体位変換です。力まないよう注意するのですが、例えば、相手(患者)がベッドから落ちそうになったときなどは、支えなければなりませんから、とっさにおなかに力が入ってしまいます。そのたびに冷や汗をかきました」

 リカさんが人手が足りず、仕事がきつくなったと感じるようになったのは、2006年度の診療報酬改定で、一般病棟の患者7人に対して看護師1人を配置する「7対1配置基準」が導入されてからだという。従来の「10対1」「13対1」に比べて配置が手厚く、最も多くの診療報酬が支払われる。このため、全国の病院で″看護師争奪戦〃が激化。都心部にある大規模病院などが高収入や手厚い福利厚生で囲い込みに奔走する一方で、リカさんの勤務先のような地方の医療機関では深刻な看護師不足に陥った。

 これ以後、リカさんの病院では、医療法で定められた看護師標準数は年度初めには、かろうじて充足するものの、年度途中で退職。休職者が出るため、1年のうちの大半は標準数を5.10%ほど下回る状態が続いている。経営効率化のため、2004年にかつての国立病院などが独立行政法人化されて国立病院機構となり、給与水準が以前と比べて低くなったことも、看護師から敬遠される要因となった。

 リカさんの病棟の配置基準は「10対1」。以前は夜勤は7~8回だったが、ここ数年は多い月で10回を超えるようになった。残業が増えて勤務と勤務の間の時間が短くなり、十分に休めなくなったのも同じころだという。

 師長との直談判が不調に終わった直後、別の病院に勤める看護師の友人が切迫流産した。その友人はようやく、夜勤ダイヤからはずしてもらうことができたという。当時、リカさんは「私もいっそ切迫流産でもすれば楽になるのだろうか」と思いつめたという。

 妊娠八カ月に入ると、下腹の張りが一段と増した。意を決して、もう一度師長に相談した。が、帰ってきたのは「夜勤ができないんじゃ、戦力になりませんね」という一言。怒りを感じたが、おかげで腹もくくれたという。結局、産体に入る前に退職。その後、無事に赤ちゃんを出産し、今は子育ての真っ最中だ。

私が辞めたせいで、残った同僚は月一一、一二回の夜勤をこなすことになったと思います。申し訳なかったけど、私が犠牲になる必要はないんだと自分に言い聞かせました。

まとめ

子育てが一段落しても、今のような人手不足が解消されない限り、夜勤や交代勤務のある職場には看護師は2度と戻るつもりはないようだ。

 

※名前はすべて仮名です。