看護師転職ごっこ

転職を繰り返した看護師の私が毎日元気になれるよう、仕事、人生にふらふらしたときに気ままに書いています。

チューブ誤挿入で看護師処分され退職

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看護師のユリさん(五〇歳代、仮名)は4年前、担当していた高齢の女性患者が亡くなった医療ミスの責任を問われ、勤めていた病院を退職した。

 この女性患者は意識がほとんどなく、栄養補給は鼻から胃に通したチューブが頼り。

事故当日、チューブが外れていたため、20歳代の後輩看護師が再挿入したところ、誤って気管支に入れてしまった。その後、誤挿入に気がつかないまま、 ユリさんが栄養剤を投与、それが肺に流れ込んだことで、女性は亡くなった。

「私に責任があつたことは間違いありません」。ユリさんは事故について語るとき、必ずこう前置きをする。こわばった表情からは、今も女性への罪悪感が一日として薄らいだことはないことがうかがえる。

事故当日は夜勤。ベテランのユリさんには、通常業務に加え、重篤度の高い「ハイケアユニット」の患者も振り分けられた。処置の確認やタンの吸引、尿量のチェック。後輩看護師から「(女性患者の)チューブが外れていたので、私が入れておきました」と報告されたのは、分刻みで院内を駆けずり回っているさなかだった。

そのとき、すぐに自分でも確認すればよかったとも思ったが、今振り返ってもそんな余裕はなかったとも思う。とはいえ、後輩看護師も、ユリさんも誤挿入による事故を防ぐため、厚生労働省などが通知している聴診器で胃の気泡音を確認する作業などは行なった。念のため、栄養剤を注入する前には、女性の病室に出入りした複数の同僚にも容態に異変がないことを確認したという。

女性が急変したのはこの日の深夜。担当医は手術中で、駆けつけたときはすでに手遅れだった。病院側は当初、「問題なし」と判断。女性の遺体は通常の手続きを経て家族に引き取られ、ユリさんは上司から「運が悪かったね」「だれにも、よくあることだから」と声をかけられ、帰宅を許された。

しかし、病院側は翌日になって態度を一転させる。地元警察署に異状死の届出を行ない、記者会見を開いて「看護師のミスの可能性が高い」と踏み込んだ発言までしてみせた。

その後の展開はユリさんにとってめまぐるしかった。複数回に及ぶ警察の聴取。遺族への謝罪。業務上過失致死容疑での書類送検。罰金と業務停止処分の確定。しかし、病院幹部はもちろん、なぜか、チューブを挿入した後輩看護師も担当医師も刑事上の責任を問われるこ
とはなかった。

罰金40万円はユリさんが全額、自費で負担。免許取り消しだけはかろうじて免れた。チューブの誤挿入による死亡事故は全国の病院や老人ホームで頻発している。

厚生労働省は胃の気泡音の確認に加え、レントゲン撮影や胃液採取によってチューブの位置を確認するよう通知しているが、多くの現場は「そこまでできる余裕はない」と反発する。

警察が介入するかどうか、起訴されるか否かの基準もあいまいだ。なかには、病院側と遺族側との示談で終わっている事例や、表面化しない事例も少なくないといわれる。そうかと思えば、盛岡赤十字病院(岩手県)の場合はユリさんの事例と同様、チューブを挿入した看護師と栄養剤を注入した看護師は別々だったが、このときは二人とも書類送検されている。

病院側が見解を一変させ、自分一人が責任を問われた理由は、ユリさんにもわからないという。彼女は事故の経緯については説明しても、事故の背景にある構造的な問題については語ろうとはしない。構造的な問題に言及することは、自らの責任を否定することになると思っているのだろうか。

ただ「亡くなった患者さんがいる以上、私に責任があることは間違いありません」と繰り返すばかりだ。

一方で、事故の背景に、確認作業もままならない過重労働があった可能性は高い。病院側は早々に「看護師の属人的なミス」との立場を固めることで、管理体制や診療体制などに責任が及ぶのを回避する狙いがあったと思われる。

事故後、病院内では詳しい事故の経緯などは説明されず、ユリさんに残ったのは、「医療ミスを犯した看護師」とのレッテルだけ。事実関係を知らない職員の間では、誹謗中傷も飛び交った。心身ともに疲れ果てた彼女はほどなく、辞表を出した。

ユリさんが退職した後、病院ではチューブ挿入は医師が行なうとのマニュアルができた。もともとは医師の業務だったのだが、医師が忙しいとの理由でずるずると看護師任せになっていたものを、再び医師の業務として位置づけたのだという。

しかし、ほどなくして、なし崩しに看護師任せに戻ってしまった。親しかった同僚から、最近になってまた、誤挿入によるヒヤリハットが起きたと聞いた。ユリさんがポツリと言った。「私の事件の教訓が生かされていないんだとしたら、それは残念なことです」

ユリさんが勤めていたのは、関東圏内でも比較的新しい中規模病院。近代的な造りの外観は幹線道路からも望むことができる。彼女はよくプライベートでこの病院の前を車で通過する。

でも、いまだに建物に目を遣ることができない。平常心ではいられないという。罪悪感と喪失感とわずかな戸惑い。複雑な思いが晴れることは生涯ない。