看護師転職ごっこ

転職を繰り返した看護師の私が毎日元気になれるよう、仕事、人生にふらふらしたときに気ままに書いています。

看護学生のときに初めて知った黒い血

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先生、何か黒いもの吐いてます

外来夜動は、患者さんがいなければ仮眠を取れる。

救急車を受け入れると、警備さんがあらかじめ「これからこんな患者さんが来ます」と連絡をくれる。そのコールで起きて、それから救急車が到着するまでの少しの間に、身支度を整え、必要と思われる処置の準備をしておく。

これが、新しい警備さんだったりすると連絡をもらえず、患者さんが着いた時に呼ばれてあわてる。患者さんを優先しなければならないから、自分の格好はかまっていられない。

ピーポー、ピーポー。

その日は、日勤に引き継ぐ9時に、あと1時間くらいという時に患者さんが運ばれて来た。

グッタリしている。ストレッチャーからベッドに移すと、少しして何か黒いものをたくさん吐いた。何だろ、大変。先生に報告しなくちゃ、と何か手柄でも報告するように言った。

「先生何か黒いもの吐いてます」

すると先生はあきれたように言った。

「血だよ!」

血…。血なんだ。血ってあんなに黒いんだ!。

「おはようございます~」日動のベテランの看護師さん達が出勤して来た。「吐血? 洗浄ね」と、ことも無げに準備をはじめた。ホッ、私の出る幕はない。あとはまかせた!

(食道静脈瘤による出血でした。肝硬変の死亡原因の1つ)。

結局、lヵ月間の見習いをし、夜勤が始まってからも午前中の外来はそのまま続けていた。午後は学校に行き、週1回、土曜は夜動をする。そんな生活が1年たち、2年生になった頃、「もっと、今のうちにスキルをたくさん増やしたい」という思いが高まってきた。それで午前中、外来ではなく、病棟で働けるところを探すことにした。

時給が安い、というのも理由だった。その時の時給は1000円。1200円くらいが相場で、1500円もらっているクラスメートもいた。

面接1件目。
「午前中は1番忙しい時間だから、新人看護師を指導している時間はない。あなたが3年になる来年は実習が始まり午前中も来れなくなる。卒業してから就職というのなら喜んで受け入れるが、今は今の病院を続けることが大切だと思う」

病院側の事情はよくわかる。私へのアドバイスも誠意のあるものだった。その後もいくつかの病院にコンタクトしたが、仕事先は見つからなかった。そんな時仕事で怒られ、その反発で午前中の外来は辞めてしまった。それで、バイトは土曜の夜勤だけになった(志は何処へやら……ヤレヤレ)。

アルバイト代はそれまで夜勤1回(16時間)1万円だったが、交渉して1万5000円になった。あまり高いとは言えないが、毎週土曜に優先して入れてくれているし、そんなに患者さんは多くない。仮眠もできるので学生の身にはありがたい。

クラスメートもほとんど働いていた。午前中だけというものが多かったが、何人かは病院に就職という形で奨学金をもらい、午前中はもちろん、授業終了後も、夜、また勤務に戻り夜勤、というハードワークをこなしているツワモノもいた。

2000年1月国試

地獄のような半年間の実習が終わり、いよいよ国家試験が近づいていた。模擬試験は定期的に受けさせられていて、その都度合格圏か否かの結果が出ていた。

その頃、私は貧血が悪化していて(後でわかった)連日の実習のレポート書きの睡眠不足もあり、座っているとすぐウトウトした。それで、模擬試験中は座っているものだから毎回眠くなった。

その眠気といったら半端じゃない。しかたなくあきらめて、答えは適当にチェックして寝てしまった(コレ本当)。もちろん結果は良いはずもなかった。過去問題集は厚いのを3冊も用意していたがほとんどやり残していた。ただ毎回の模擬試験の見直しだけはやっていた(その時始め
て問題を読んだ)。

そして緊張の当日を終えて、翌日の学校での国試報告会。

発表しながらみんな泣いていた。「むずかしかった」、「できなかった」、「落ちたかもしれない」。

カリキュラムが変わって、初めての国家試験だった。合格発表は卒業式終了後。結果は、30名中7名不合格。学校創立史上最悪の結果だった。
全国の合格率も84 ・1%。私も落ちると覚悟していたが何とか引っ掛かったようだった。